こんにちは!自動車系ライターの駆流斎です。
欧州はここ数年、地球温暖化対策と産業戦略を兼ねて強力なEVシフト政策を打ち出してきました。
その狙いは、ディーゼル依存とハイブリッド技術で優位に立つ日本メーカー(特にトヨタ)を排除し、欧州勢が「EVの新時代」で主導権を握ることでした。
しかし2020年代半ばに入り、状況は当初の思惑とは大きく異なる方向に進んでいます。
欧州メーカーは中国EV勢の急拡大に直面し、さらに米国ではトランプ政権による高関税政策という“外圧”にさらされ、内外から産業構造の変革を迫られる局面に立っています。
以下では、EUの政策の構造とブーメラン効果、さらに最近のトランプ関税による欧州メーカーの苦境事例を踏まえ、欧州自動車産業の中長期的な展望を俯瞰します。
EUのEV政策は「トヨタ封じ」から始まった
EUは2010年代後半から平均CO₂排出量95g/kmの義務化や2035年の内燃機関禁止方針を打ち出し、メーカーに急激な電動化を迫ってきました。
これは環境政策という建前の裏で、日本メーカーのハイブリッド優位を封じ、欧州勢にEVという新しい土俵で勝機を作る戦略的意味を持っていました。
- トヨタやホンダはハイブリッドで排ガス規制を余裕でクリアする一方、欧州勢はディーゼル依存で出遅れていた
- そこで、ハイブリッドではクリアできない厳しい基準を設定し、「ゼロエミッション車(EV)」以外では生き残れない構造に政策的に誘導
- 欧州メーカーはこの新ルールを梃子に、日本車の存在感を欧州市場から排除しようとした
しかし、土俵を作ったのは中国EV勢だった
EV市場が急拡大すると、そこに乗り込んできたのは欧州メーカーではなく、EV製造で先行していた中国勢(BYD、NIO、Xpengなど)でした。
中国はバッテリー製造・素材調達・車載ソフトウェアで圧倒的な優位を持ち、低コストかつ航続距離の長いEVを大量に生産
欧州は電池・部品供給を中国に依存し、コスト競争力を欠いたままEV販売を強いられる構造に
その結果、欧州市場では中国EVのシェアが2024年時点で5〜6%に到達し、今後さらに拡大が見込まれている
つまり、EUが政策的に築いた「EVという新しい競技場」は、欧州メーカーではなく中国メーカーが主役になる舞台となってしまいました。
欧州メーカーは技術・コスト・戦略で後手に回った
欧州メーカーはEV市場で中国勢やTeslaに対抗するための体制が十分に整っていなかったことも、苦境の背景にあります。
- バッテリー供給の中国依存:CATLやBYDへの依存が利益率を圧迫
- ソフトウェア開発の遅れ:VWのCariadが象徴的な例で、OTA・車載OS競争で出遅れ
- 価格競争力の不足:高級車中心の戦略で、BYDなどの低価格EVに対抗できない
結果として、「トヨタ封じ」のはずだった政策は、欧州メーカーの首を締めるブーメランとなっています。
そして米国では“トランプ関税”という新たな外圧
こうした内側からの構造的苦境に加え、2025年に再登場したトランプ政権による高関税政策が、欧州メーカーに追い打ちをかけています。
2025年8月以降、EU製の自動車と部品には15%の関税が課されることになり、欧州各社は販売・物流・収益の面で深刻な影響を受け始めました。
メルセデス・ベンツ
米国での販売が第3四半期に17%減少。価格転嫁が難しく、関税によるコスト増が利益を直撃。
BMW
米国での販売の約40%が欧州生産車(主にドイツ製高級モデル)であり、関税導入後はディーラー仕入れ価格上昇と受注減が顕著に。
特に7シリーズやi7など高価格帯EVモデルは価格引き上げを余儀なくされ、一部モデルで納期長期化と販売台数の2桁減少が報じられています。
SUVは米サウスカロライナ工場で現地生産を増やすなど対策を講じていますが、高級セダン系の欧州依存が響いています。
ルノー
ルノーは米国での販売規模自体は小さいものの、日産・三菱とのアライアンス経由での部品・完成車輸出(メキシコ拠点含む)に関税が波及。アライアンス全体の北米戦略に再編圧力がかかっています。
特に、メキシコ生産の小型EV・PHEVモデルが15〜25%の関税対象となり、ルノー側の収益見通しにも影響。
また、欧州本体でもEV開発に巨額投資が必要な中で、北米事業の採算悪化は追加の財務リスク要因とされています。
アストンマーティン
米国市場への依存度が高く、関税による利幅圧迫で利益見通しを下方修正。
フォルクスワーゲン/アウディ
米国向け輸出を一時停止し、港で車両を保留。価格調整と在庫圧縮に追われる。
ポルシェ
Taycanを中心に米国での販売台数が前年同期比15〜20%減少。
高価格帯モデルの価格改定を余儀なくされ、ディーラー在庫回転率も低下。
将来的に米国内組立の検討も進むと報じられている。
欧州自動車株の下落
関税発表を受け、VW・BMW・ポルシェSE・ルノーなど主要メーカー株が急落。投資家心理が悪化。
👉 欧州メーカーは「EV移行の内圧」と「貿易摩擦の外圧」という二重の波を同時に浴びている状態です。
トヨタは政策の“外側”で優位を維持
一方で、EUの厳格な排出規制を逆手に取り、ハイブリッド技術でCO₂規制を余裕でクリアしてきたトヨタは、短期的には打撃を受けていません。
また、EV一辺倒ではなく HEV+PHEV+BEV+水素という全方位戦略でリスクを分散し、欧州市場でも安定したシェアと利益を維持しています。
結果的に、「締め出された」はずのトヨタが、政策の外側から欧州メーカーを見下ろす構図すら生まれつつあります。
総括:欧州自動車産業は“内と外”の二重苦に直面
EUのEV政策は、当初の想定通りに日本勢を排除するどころか、
- 中国EVの欧州市場進出を加速させ
- 欧州メーカー自身のコスト・供給構造の脆弱性を露呈させ
- 米国では関税によって輸出モデルが揺さぶられる
という、極めて複雑な逆風を生み出しました。
要因 | 内容 | 欧州メーカーへの影響 |
---|---|---|
EUのEV政策 | トヨタ封じ・環境政策の名目で電動化を急加速 | 自社の技術・コスト面の準備不足が露呈 |
中国EVの台頭 | バッテリー・価格・ソフトで優位 | 市場シェアを奪われる構図に |
トランプ関税 | 米国市場への15%関税 | 輸出モデル・収益構造が圧迫。BMW・ポルシェ・メルセデス・ルノーなどで影響が顕在化 |
結論:欧州メーカーの未来は「棲み分け」か「再編」か
欧州自動車産業は、もはや「政策で勝ち筋を作る」時代ではなく、中国勢・米国の外圧・日本の戦略的柔軟性と真正面から対峙しなければならない局面にあります。
今後の可能性としては:
- 高級・高付加価値分野に特化して中国勢と棲み分ける
- バッテリー・ソフト分野で技術的逆転を狙う
- 企業間再編・統合による生き残り戦略を取る
といった複数のシナリオが考えられます。
欧州のEV政策が仕掛けた「ゲームチェンジ」は、当初の標的だったトヨタではなく、自らの産業構造を大きく揺るがす結果を招いているのです。
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